ドストエフスキーの『罪と罰』は、殺人事件が一つのカギになっているので、ミステリー小説的な見方をされる面がある。
殺人を犯した主人公のラスコーリニコフが、自身の罪のために良心に苛まされ苦悩し、そして、警察側に追い詰められていくプロセスが描かれているからである。
いつ事件があばかれ、逮捕されるのか、といったスリリングな展開となっている。
それがジェットコースターのような物語の推進力となっているといっていいだろう。
小説としても、ミステリーの定番の一つ、犯人が殺人を犯して逃げ切ることができるかどうかという「倒叙」ものと呼ばれるジャンルに当たる。
その代表的なものは、「刑事コロンボ」や「古畑任三郎」シリーズのようなものといえばお分かりいただけるだろう。
その意味では、ラスコーリニコフの犯罪は、殺人を犯すことよりも、それ以後の心理的な苦しみや闘い、そして、殺人者となっても自己肯定をしながら生きられるのか、救いはあるのか、といった思想宗教的な問題につながっていく。
貧しい学生で、知的インテリゲンチャであるラスコーリニコフの殺人以後の彷徨は、まさに個人の苦悩というよりも、当時ロシアが置かれていた西洋的な文明とロシアの土俗的あるいは素朴なキリスト教(ロシア正教)との相克、といったものが象徴的に含まれているのである。
ドストエフスキーが活躍した当時のロシアの上流階級、インテリゲンチャの公用語は、ロシア語ではなく、フランス語だったと記憶している。
自国の言葉ではない言葉で物事を考え、現状を批判的に見ることは、理想主義や机上論という知識階級の人間が陥りやすい思考である。
自分たちのアイデンティティーの不安と苦悩を抱えていたインテリゲンチャの学生や貴族は、ロシア皇帝が支配するロシアの大地から切り離された存在だった。
そこからその現実を超えようと過激な思想、理想を抱きながら、混迷した社会を生きる革命家的な人物たちが生まれて来る。
ラスコーリニコフは自分の能力と知恵に自信を持ち、選民として選ばれた側に属すると信じていた。
だが、その確信を持てなかったので、それを実行して証明したいという思いに常に駆られていて、殺人というのはその踏絵のようなものだった。
自分もナポレオンのように選ばれた側、世の中に役に立つ能力を持っているはずだから、金貸しのような無意味で害虫のような存在は否定して殺しても罪ではないと思い込もうとしていた。
それを実践して確認すること、それがラスコーリニコフの生きるための自己確認でもあった。
私が『罪と罰』を読んで印象的だったのは、こうした殺人への逡巡とそれを振り切って行った殺人の描写であるが、それは驚くべきものだった。
ここでは詳細に論じることをしないが、鈍器を使って老婆を殴打する描写は、まさにそれをあたかも実際に追体験ているような感覚を読む者に恐るべきリアリティーをもって与えた。
実は『罪と罰』を読んだ人なら分かるだろうが、主人公のラスコーリニコフの殺人は一人ではなく二人である。
最初はおのれの信念を実行するためのもので、その次は偶然出くわした目撃者を消すための殺人である。
この両者の殺人の描写は明らかに分けて具体的で、それが観念的なものから物理的なものへと変わる心理的な変化さえ書き分けられている。
その後、ラスコーリニコフは自分の犯した罪におののき白昼夢のような日々を過ごすのだが、それは自分の行為を悔いているというものではない。
自分はナポレオンのような選ばれた人間ではなかったという思いで錯乱し、どう自分の意識を保つのかの相克との戦いである。
このあたりはロシアの知識人のアイデンティティーを求めて彷徨する姿でもあるといっていい。
最終的には、ラスコーリニコフは素朴な信仰を持つ娼婦ソーニャとの出会いによって新しい生き方、再生を遂げるのだが(真の意味での再生ではないという見方もある)、罪を認め、シベリア流刑へ向かっていく。
『罪と罰』には、色々な解釈があって、どれが正しいかどうかは分からないが、それほど多様な読み方を与えるのがドストエフスキーの小説である。
その後、『罪と罰』の物語、テーマは深化発展して、『カラマーゾフの兄弟』へと収斂されていく。
『罪と罰』は、個人の問題を扱っているが、『カラマーゾフの兄弟』では、家族の物語となり、そこには西洋的な知性と農民的なロシアという大地に根ざした魂の彷徨、民族性とその再生が描かれている。
といっても、私には手に余るテーマなので、ここらあたりで止めておくが、ただドストエフスキーには、現実を認識するという次元に留まることなく、実際に現実を踏み越えるといった切迫した革命家としての衝動が渦巻いていたことは間違いない。
よく知られていることだが、ドストエフスキーは帝政ロシアの体制を打倒する秘密結社に所属し、捕縛され、そしてシベリア流刑を経験している。
シベリア流刑といっても、最初は死刑判決を受け、銃殺寸前で皇帝の恩赦で流刑に減刑されたといういきさつがある。
これは最初からそう計画された茶番、皇帝の恩徳を示す計画された茶番だったという指摘がある。
要するに、目隠しをされ、銃を構えた兵士の発射寸前に、皇帝の使者が来て恩赦を発表するというやらせのドラマ。
それを知らされていない死刑囚たちは、死を覚悟し、錯乱に陥ったり、死後の救いを神に祈ったりという醜態をさらした。
その時、ドストエフスキーはどう思っていたのか。
うろ覚えなので断言はできないけれど、確か作品の『白痴』に生きながらえながら死んだ状態という描写があったような記憶がある。
それは病死や事故や事件死のようなわずかでも生きる希望が消し去られた生きながら死んだ状態だったという描写。
その意味で、ドストエフスキーは死の直前から生きて帰って来た人間だったと言ってもいい。
ロシアのウクライナ侵攻を知って、私はこのドストエフスキーの小説に表れている、ロシアの選民思想的な情念、熱狂といったものを感じたのである。
(フリーライター・福嶋由紀夫)